北鎌ヘロヘロ珍道中
2004年8月11日〜13日
坂地
学生時代に行きたい所が3つあった。黒部の上廊下(これは誰でも納得してくれる)、双六谷(これは説明が難しい。なんで双六谷やねんと言われる)、そして今回の北鎌尾根。上廊下は20数年前、双六谷は5年前にいっしょに行ってあげようと言う人を得て念願を果たしているのですが、北鎌尾根は力不足で一生行けないかもしれないなあ、と思っていました。レベルテンに一人で通っていたのも、「いつかは北鎌尾根」という思いからでした。一人で行くには若干(大いに?)不安はあるけれど、お盆だから北鎌尾根も行列だろうと行くことに決めました。
【11日】 快晴
前回(といっても30年前)中房温泉から槍を目指したときは、有明駅から中房温泉までバスがあったのに、今はない。穂高駅から夏シーズンには乗り合いタクシー(マイクロ)があるが、タクシーの運ちゃんが中房温泉に行く登山者を5人集めてくれたのでタクシーに乗ることにする。タクシーの運ちゃんに、土・日に入った登山者は今日ぐらいにみんな下りるから山はガラガラだと言われ、えっ!行列じゃないの?と不安になる。
中房温泉で水筒に水を入れようと蛇口をひねると、熱い湯が出てきた。これは水道ではなく温泉のお湯なんだと思いすぐ捨てる。近くで食事していたグループに水道のありかを聞くと、さきほどの水道を教えてくれた。いや、あれは水ではなくお湯がでるんですというと、水道なんだが地熱でお湯になってしまう、とのことでした。第一ベンチでお湯は捨て、冷たい沢の水を補給する。燕山荘の手前で浅間ブドウがいっぱいなっているのを見つけ、手のひらいっぱい採って甘酸っぱい味を楽しむ。
大天井ヒュッテに2時前に着いた。ここで泊まって3食分の食料を浮かす予定だったが、宿泊者名簿を見ると一人しか名前が書いていないので、貧乏沢を下ってしまうことにする。貧乏沢のトレースは左岸にある。思っていたより下りやすいのではかどる。天上沢との出合いから少し上流に行くと川幅は狭くなり跳び越せそうな所を見つけた。岩が濡れていたが、注意すれば大丈夫だろうと足をおくと…ぬるっ…体勢を立て直せば大丈夫…ぬるっ…えーっと、どうしたものか…ぬるっ…もうあかん……。結局、倒れて全身ずぶぬれになる。情けない思いで上流へ100mも行くと、水は伏流となって一滴の水もない荒涼とした河原が広がった。何であんなところで渡ろうとしたのか……情けなかった。
水流の無くなるところでツェルトを張ることにする。計画が急で田中さんから会のツェルトを借りそびれたので、25年近く使っていない自分のツェルトを持ってきた。高校時代はビニロン製の重いテントの代わりに、どこに行くにもこのツェルトを持って行ったものだが、なんせ30年前のもの、生地が厚いので最近の軽量テントぐらいの重さがある。手頃な棒を拾ってきて支柱にする。張り終わってから北鎌沢右俣の偵察に行く。北鎌沢出合いに1パーティテントを張っていたので挨拶する。帰ってくるころにはあたりは真っ暗。どこにツェルトを張ったかわからなくなり、一時は河原で着の身着のままのビバークを覚悟した。
【12日】 快晴
北鎌沢出合いでテントを張っていた3人パーティに挨拶して先に行く。この方達には北鎌のコルで抜かれたが、わかりにくい所にケルンを積んでおいてもらったりして、たいへんお世話になった。北鎌尾根は我々と夕方追いついてきた5人だけだった。
右俣は天上沢からも見えているが、左俣の方が広さ・水量ともに大きいので見落とさないように注意。しばらくは涸れ沢だが、すぐ水が現れる。現れたり消えたりしながら、かなり上まで水があると書いてあるホームページがあったので、下で1.5L汲んで、次は上で追加しようと思っていると、水を入れる機会を失ってしまった。
上部草付きで3人パーティは上に向かって右側のルンゼ状を北鎌のコルに上がり、僕は左側の広い斜面を上がることにした。左の広い草付きは扇の骨の形に山道ほどの幅の涸れ沢ができているので、最初の扇の要のところで左寄りのルートに入ってしまうと、どんどん左に寄っていき、センターに戻るのに要らぬ労力を使ってしまう。途中で草付きを掻き分けながらセンターに戻ったら、センターの涸れ沢はほとんど道と行ってもいいほど踏まれていた。北鎌のコルの少し上に出る。はやくも、もうヘロヘロ。こんなことでは独標までも行けるのかしらと不安になってくるが、昨日下ってきた貧乏沢を対岸に見ると戻る元気はさらにない。独標のコルに着くと3人パーティはすでにトラバースを始めている。遠くから見るとまるで空中を歩いているようだ。
トラバースの先が問題でガイドブックやホームページで様々なルートをとっているようだ。独標を越えれば半分終わったようなものと、気を引き締めてトラバースに取りかかる。コルから見えていたトラバースが終わった所で、踏み跡を見失う(というかトラバースが終わったら上に行くという先入観から上ばかり見ていた)。独標の上に出れば直登ルートの踏み跡があるだろうと、凹角を登ることにする。しばらくはV級・U級ぐらいの岩場が続いて快調、快調と思っていると突然、真新しい懸垂下降用の支点が現れる。下降用の支点があるということは、この上は登れないということかとガックリするが、まだ登っていけそうなので、もう少し登ってみることにする。もしかするとここを登れば、初登ルートかもしれない。「福島ルート」と名付けよう(笑)。でもすぐ、ハーケンが3本も打ってある所に出た。残念、初登ルートではないようだ。出だしが嫌らしそうだがその上は階段状に見えたので、2本目のハーケンにスリングを掛け、ハーケンにはなるべく体重を掛けないように登り出す。登りだしたら階段どころか、案外難しいことに気づく。ホールドがしっかりしていたので、落ち着いて登れたが、荷物も重いのでこの5mはX級と判定(荷物の重さなんて関係ない。それに、A0したじゃない、なんて言わないこと。ノーザイルで落ちたら千丈沢まで数百m落ちるんだから)。ここを越すとまた傾斜が緩くなり、U級→T級程度の岩を登っていくと独標稜線の踏み跡に出てほっとする。先行パーティはずっと先までトラバースを続けているのが見えた。僕はまっすぐ上がっていったので、3人を見下ろす位置にいたため、てっきり追い越したものと錯覚したが、そこに行くまでにいくつもミニ岩峰をアップダウンしなければならず、3人のいた所まで行ったら3人はさらに先に進んでいた。
ここから、北鎌平前の大トラバースまでは、ほとんど千丈沢側に巻き道が付いているが、クラックの入った岩の手前のミニ岩峰群を巻く所は天上沢側についていた。いつも千丈沢側に降りるクセが付いてしまっているので、ここも千丈沢側に降りてしまっておかしいのに気づいた。3人パーティがすぐ前にいたので、大声で呼んで教えを請う。もう一度戻って、天上沢側に降りてゆくと次のミニ岩峰に長いスリングが掛かっているが無視して踏み跡に沿って下る。うまく巻けたのでワレメの真下まで行けた。このワレメは数少ない岩登り的要素のあるポイントだったが、遠目に見た感じと違って簡単に越せる。もちろんクラックの技術も必要ない。
ここから北鎌平までの間に、巨大なピークが2つ見える。あんなもん越す元気どこにもないわ、と思ったがこれらのピークは大トラバースで巻いてしまうのでホッとする。北鎌平に上がる最後のガレで踏み跡を見失い、ガレを横切ってしまった。踏み跡のないガレを登るのは3倍疲れる。北鎌平に着いたらヘロヘロ度は98%に上がっていた。ここから見る槍の穂先は巨大で切り立っている。槍の頂上までは1時間もかからない。まだ3時半なので、気分をよくして1時間ほど昼寝することにした。これまでの緊張も解けて、今日中に着くことなんかどうでも良くなってくる。暑いので顔にタオルを掛けたが、臭くて辛抱できないので暑いのはガマンする。
寝っ転がっていると、大天井ヒュッテを朝でたというパーティがやってきた。これからどうするのかと聞かれたので、槍ケ岳山荘のテン場に行っても、ツェルトにくるまって寝るだけだからこのへんで泊まろうと思うと答える。5人組も行ってしまって北鎌平には僕だけが残る。よく見える所まで上がって、先行者が槍の穂を上るのを観察することにする。逆光の槍の穂先は黒々としていて、垂直の絶壁を登攀しているように見えるがよく見ると手を使わずに歩いている所もあるので、案外傾斜は緩いのかもしれない。チムニーらしき所まではみんな同じルートを登っていくのに、そこからはてんでに勝手な所を登っている。チムニーを登るのが必須条件ではないようだ。後続が先行した人と違うルートを登ろうとすると、そこと違うもっと右!とか大声で教えてあげたくなる。でも、苦労する様子もなくそこを登ってしまうので、チムニーの手前からは好きなように登れることもわかった。どうも槍の穂先はあみだくじを横倒しにしたような構造になっているらしい。明日のために岩場の概念を頭に入れておく。ここからなら、どうせ20分で槍の頂上に着くから登ってしまおうかという気持ちと、しんどいから明日にしようという気持ちが交互に頭の中で行き来する。槍の基部から100m程手前に気持ちのいいテン場があったのでそこに泊まることにする。カロリーメイト2本と水100ccを残してみんな食べてしまう。
【13日】 快晴
北鎌平から槍の穂のチムニーまでは岩に目印が付いているので、チムニーまですぐに着く。昨日下から見ていたらチムニーの隣のクラックを登っている人が多かったが、その横に残置のスリングが垂れていたのでそこを登る。次の段は大岩の右まで行って登っている人が多かったがそのまま簡単に登れそうなので登ってゆく。みんな左へ行ってたなと思って左へ歩いていくと、槍の頂上の祠の下に出た。後は頂上にいる人の視線を受けて、優雅でなめらかな登りを意識して頂上へ(行こうとしたが荷物が重くて呼吸が荒かった)。期待していたお約束の拍手がなくて少しさみしい。山の有職故実にたけた熟年登山者は小屋で朝食を待っている時間のようだ。
山荘でクロワッサンと紅茶の朝食を取って、上高地へ下る。途中の沢でタオルを洗うと臭かったタオルは新品になった。そのタオルで顔を拭くと顔も新品になった。
結局、ロープは一度も出しませんでした。スリングを1回使いました。
(坂地)
